相撲発祥の地は奈良だったの?しかも、今では想像もつかないプレースタイルだったなんて!

2017-08-29奈良の文化、雑学

相撲

日本の国技「相撲」

あなたは相撲の発祥の地が奈良だってこと、ご存知でしたか

本日は、なぜ相撲発祥の地が奈良なのか、さらにはその驚くようなプレースタイルなど、相撲にまつわる雑学をお伝えしようと思います。

ヒントは、私も好きなこいつです。

サンジ
出典 (C)尾田栄一郎/集英社・フジテレビ・東映アニメーション
(C)BANDAI NAMCO Entertainment Inc.

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相撲発祥の地は奈良だった?と紐解く前に…

何かと歴史を紐解いていくと、京都や奈良にたどり着くことはそんなに珍しくもないですよね。

ただ、私は、まさか相撲の起源までもが奈良にあると思っていませんでした。

 

てっきり相撲の発祥は江戸(=東京)だと思っていた私。

だって、相撲取る人のことを「お相撲さん」っていいますよね?

「お」がつくものは江戸時代に流行ったものだ!ってのを聞いたことがあったので…(おせんべい、お菓子、お茶、お風呂など)

その後調べたら、確かに、広く庶民に定着したのは江戸時代からで間違いはないようですが、このあたりは後述しますね。

 

話がちょいとずれましたが、【相撲=日本の国技】ということは知っていても

相撲を生で見たことがなければ、「若貴ブーム」の時(懐かしい)ですら

「ふーん」

とドライに見て過ごしてきた私にとって、相撲は身近なものでもなんでもありません。

そんな私のためにも、まずは少しだけ相撲についてお勉強します。

 

最近再び盛り上がりを見せている相撲

2016年、日本人として10年ぶりに初優勝を果たした「琴奨菊」

2017年、日本人として約20年ぶりに誕生した第72代横綱「稀勢の里」

彼らを中心に、再び日本人の活躍が見られるようになった「相撲」ですが

2010年の野球賭博問題、そこから派生した2011年の八百長問題もあって、ずいぶんと人気が低迷していました。

あ、第68代横綱「朝青龍」の品格が問題にもなりましたね。

 

その後、第69代横綱「白鵬」や第70代横綱「日馬富士」もそうですが

「お兄ちゃん」の愛称または「ちゃんこオーナー」で知られる(?)第66代横綱「若乃花」誕生以降、モンゴルなど海外勢力士の活躍や、先の賭博関係で、相撲人気はすっかり下火に。

存続の危機とさえ言われてしまいます

そんな中、先にお話ししたとおり「稀勢の里」が横綱になったことで、再び相撲に明るい話題があがり、最近じわじわと「相撲」が取り上げられるようになりました

 

今のような相撲の形になったのは江戸時代から

相撲が広く定着したのは、江戸時代からと言われています。

それまで神社のお祭りごと「神事」として相撲をとっていたり(今もあるけど)、鍛錬のために相撲をとっていました。

江戸時代に入ると「興行」として民衆に定着し、大正時代に入ると「大相撲」と名を変え、いわゆるプロ興行として、私たち国民に親しまれるようになりました

 

ちなみに「相撲」はアマチュアの試合を指したり、単に力比べをすることで

私たちが相撲と聞いてイメージする「力士」や試合の様子などは「大相撲」という方が正しいようです。

 

相撲界のことを角界というのはなぜ?

あなたは「角界」(かくかい)という言葉を聞いたことがありますか?

相撲の世界や社会のことを【角界】ということがあります。

歌舞伎の世界を「梨園」というのと似ています。

 

では、なぜ相撲の世界を角界というのか?

 

それは、そもそも「角」というのが「比べる」という意味があり

角力」という言葉(=力を比べる)に

力比べをする行為「すもう

という読み方が当てられ、その後、「すもう」の音の響きに漢字を合わせて

「相撲」となりました

 

なので、相撲の世界=力の世=「角界」ということで

今でも相撲の世界を表す言葉として残っています。

 

では、相撲の予備知識も備えたところで、これより本題である「相撲の起源」についてお話ししていきましょう

相撲の起源は、日本書紀から探る

相撲とはなにか?を定義していかなくてはならないわけですが、先に話した通り相撲とは

「力比べ」

が本来の目的でした。

そして、その相撲の起源とされるのは、実はいくつかあります。

  • 「相撲の記述があるのは、日本書紀だ
  • 「日本書紀より前に完成したと言われている古事記にも記載されている。」
  • モンゴルやイスラエルにその起源がある。」
  • 聖書にだって、力比べをしている様子が描かれている」

など、本当に様々です。

相撲に限らず、古くからあるものの起源というのは、どうしても謎な部分がありますね。

 

とりあえず、ここでは

相撲=人と人とが力比べをして、どちらが強いかを示すこと

と定義して話をします。

 

そうすると

天皇の目の前で(今でいう天覧試合)力比べをする様子が、日本書紀に記されていますので、この日本書紀に記載ある内容でもって、相撲の起源とします。

 

日本書紀ってなんだっけ?

日本書紀とは昔の歴史書です。

今のところ、日本において正しい歴史を書いた(正史)書物で最も古いとされています。

学校でも習いますよね?ってか習いましたかね?(覚えてないけど)

ちなみに、日本書紀と古事記が、ごっちゃになって違いがよくわからないってこと無いですか?(私は、違いがわかりません・・・)

 

日本書紀も、古事記も、共に天武天皇(てんむてんのう)の命によって作られたとされていますが、違いは多くあります。

  • 編集方法
  • 編集に携わった人
  • 出てくる内容
  • 作成した目的

などなど、あげればきりがありません。

 

日本神話(イザナミやアマテラスなんかが出てくるお話)という言葉を聞いたことあるかもしれませんが、あれは「古事記」で登場します。

日本書紀はというと、年代別に分けて起きた出来事をまとめたもの(さらに漢文で書かれている)なので、古事記の方が物語調で読みやすく、日本書紀は複雑でややこしい読み物のようです。

 

さしずめ、古事記はフィクション、日本書紀はノンフィクションのイメージでよいでしょうかね。

では具体的に日本書紀にかかれている相撲について話をすすめましょう。

 

相撲の起源、それは當麻蹶速と野見宿禰の対決

日本書紀によれば、今から約2000年ほど昔。

當麻蹶速(たいまのけはや)野見宿禰(のみのすくね)という人がいました。

ちなみに當麻蹶速(たいまのけはや)は、現在の奈良県葛城市當麻に住んでおり、「當麻」は地名から、「蹶速」=「蹴速」で、當麻蹶速とは、蹴りの名手だったと推測されます。

 

そんな當麻蹶速は足技はもちろんのこと、非常に怪力で

自分より強いやつはいないのか?命をかけて力比べしてみたいものだ

と豪語していたようです。

いつの時代、どこの国でもそんな奴はいるものです。

 

その噂を聞いた当時の天皇(垂仁天皇、すいにんてんのう)は、家臣に

「當麻蹶速と戦えそうなやつを誰か知らんか」

と尋ねたところ

出雲の国現在の島根県東部および鳥取県西部)に野見宿禰という人物がいます。彼ならどうか…?」

ということで、野見宿禰を奈良の地に呼び寄せ、當麻蹶速と対決させることになりました

 

これが相撲(力比べ=角力)の起源とされています。もう一つ足せば、天皇がご覧になっている前で行っていますので、日本で初めての天覧試合とも言えるようです。

 

正に死闘を繰り広げる戦い。今の相撲とは違って、蹴り技中心。

この當麻蹶速と野見宿禰の対決は、今の相撲のような戦いだったというよりは、けり技中心の格闘技に近かったようです。

なんせ、當麻「蹶速」という名前のやつとの対決ですからね。

サンジVSボンクレー
出典 (C)尾田栄一郎/集英社・フジテレビ・東映アニメーション

そして、当時は試合ではなく、死合。

正に死闘を繰り広げるのです。

 

當麻蹶速と野見宿禰は実力者同士。

要は、野見宿禰もかなりの足技の使い手だったようで

野見宿禰は、當麻蹶速の胸の骨(肋骨あたり)を蹴り折りさらに倒れ込む當麻蹶速の腰を踏み砕いて殺した

と日本書紀には記載があります。

なんと言うことでしょう。

 

まず、胸の骨を蹴り折り

サンジ、ポワトリーヌ
出典 (C)尾田栄一郎/集英社・フジテレビ・東映アニメーション

さらには腰の骨をも砕く

サンジ ロンジュ
出典 (C)尾田栄一郎/集英社・フジテレビ・東映アニメーション

踏み砕くだからこっちに近いかな?

サンジ コンカッセ
出典 (C)尾田栄一郎/集英社・フジテレビ・東映アニメーション

蹴りだけで相手を死に至らしめる、これが相撲の起源、これが本来のプレースタイル

途中の描写こそ無いですが、おそらく力自慢でもあった當麻蹶速と野見宿禰は、現在の相撲のように取っ組み合いもしたでしょうし、殴り合いもしていると思います。

しかし決着は、蹴りにしろ踏みにしろ、足技一本。

しかも、倒れ込む當麻蹶速に対して、しっかりと腰の骨までをも粉砕してとどめを刺す当たり、正に死闘です。

 

これが、相撲の起源なのか・・・。

 

戦利品は、當麻蹶速の所有していた土地

相撲に勝利した野見宿禰が天皇からもらったのは、當麻蹶速が所有していた土地(田んぼ)。

その地を「腰折田」と名付け、以来、野見宿禰はそこに住まい、天皇に仕えたようです。

 

ネーミングセンスの無さ・・・(笑)

 

この力比べ(角力)が相撲の起源であり、その勝負内容や技に至っては、現代とは大きくかけ離れていました。

最後に

相撲は力比べ(角力)というところから、日本書紀に既述のある當麻蹶速と野見宿禰の対決(天覧相撲)が、相撲の起源だということがわかりました。

 

今と違い、蹴り技スタイルで行っていたとは・・・。

しかも驚くことに、今の相撲でも「蹴り」は反則じゃないのだそう。決まり手にもあるようです。

この名残なんでしょうかね。

いつしか、「ミドルキック」や「回し蹴り」など足技を繰り出す力士も見てみたいものです。

蹴り技の応酬
出典 (C)尾田栄一郎/集英社・フジテレビ・東映アニメーション

プロレスや総合格闘技との違いがなくなっちゃうか(笑)

 

ちなみに

  • 相撲の起源である角力(すもう)で負けた、當麻蹶速の出身は現在の奈良県葛城市
  • 決闘の場所は(諸説あるようですが)、現在の奈良県桜井市にある相撲神社
  • 野見宿禰が譲り受け「腰折田」と名付けられた土地は現在の奈良県香芝市

この3つの市は毎年、地域活性化や観光振興につなげようと、相撲イベントを開催しています。

特に今年は、大相撲巡業香芝場所というイベントを開催するようです。

イベント詳細

大相撲巡業香芝場所

大相撲香芝場所
出典 Copyright 2017 奈良県大芸術祭実行委員会,奈良県 All rights reserved

2017年10月19日(木曜日)8時~15時

場所 香芝市総合体育館

 

この大相撲巡業香芝場所とは違いますが、香芝市には、本場所で使われている土俵と同じサイズの土俵がある資料館「けはや座」があります。

特に外国人や小学生なんかに人気のようです。

参考ツイート

 

興味があるかたは、是非一度どうでしょうか?

 

他にも、奈良にはおすすめグルメやスポットがあるのでまとめてみました。(サブカル寄りかも?!)

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